もりわじん絵日記 2006. 1
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1月26日 (木)  [1470] 氷

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朝、玄関の方でガツガツ音がするので行ってみたら、わじん選手が駐車場にある氷を蹴ってとっていた。こっちは陽が射さないのでなかなか雪は解けない。こぶしぐらいの氷を蹴飛ばしながら散歩に出かけた。そして30分ぐらいして帰ってきた。
「氷を蹴って蛇坂を降り、車道あたりまで、あとはしっかりアルキングで新聞買いと思っていたが、うまいこと車道を渡っても氷は崩れない。で、車道を渡りマッピュの父さんと思われる猫のいるゴミ置き場を通りバス通りへ。交差点で信号待ち。氷はかなり小さくなっていた。ゆで卵より小さい」なんでゆで卵なんだよ。「交差点の横断歩道を渡り、歩道を蹴ってゆく。バス通りに落ちたら段差があるので諦めるつもりが、うまく事は運んだ。脇道にそれる。ここは黄梅がいっぱいあるので黄梅通り。道脇に黄梅が数本植えてあってそれぞれ種類が違う」わじん選手はここでいろんな黄梅があることを初めて知り感動し種をとってきた通りなのだ。「この道は車も通らず楽々通過。また歩道に出て、バス通りにあるコンビニへ。氷は日陰に置く」まるで犬を連れて繋いでいるようだ。「コンビニに入っている間、氷の事を完全に忘れていたが、ドアを出た瞬間に思い出し、また蹴る。ここから普段ならケツの穴破りの階段を登って帰るのだが、氷はそこは無理だから来た道を帰る。歩道も信号もゴミ置き場も通過。車道を渡りあとは最後の蛇坂を登るだけ。家はもう見えている。心うきうき。すごい偉業を成し遂げる一歩手前に来ている。オリンピックに出て、金メダルはもう目の前。ドキドキ興奮。この小さい氷を蹴ってここまでできるとは思いも寄らなかった。みなさんのおかげです。本当にありがとう。感謝の気持ちでいっぱいです。車道を渡ろうとして氷を蹴った。氷は車道の真ん中に止まった。自分も渡ろうとした。右からおばさん運転の車。まさか!氷は中央だし、まさか、踏まないだろう。ところが、車は真ん中に反れ、踏んだ。パチン!あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜、金メダルが‥これを成し遂げれば、前途は万々歳だったのに‥ア〜〜〜悔しい〜〜〜〜〜」と言いながら帰ってきた。前途多難だね。 


1月25日 (水)  [1469] ポチ君

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オイラがここに来たばっかりの時の話をしよう。
2003年6月半ば。ポチ君は歩くのも覚束ないオイラを5月に逝ってしまったヨンダイの生まれ変わりにしてはずいぶん小さいけど柄は似てる、暇つぶしにはなるだろうと遊びがてら世話してくれた。こりゃあずいぶん助かるとわじん選手らは思った。大ボスのチャイちゃんは他の猫と見ると誰でも食らい付く。せっかくの子猫が食われたら大変だ。一時も目が離せない。メスのどれかが面倒見てくれるだろうと高を括っていたがダメ。意外や意外ポチ君だった。が、しかし、わじん選手らは完全にポチ君を信頼していたわけではない。オイラが来る前まではポチ君は厄介極まりない嫌われ者だった。いつもびくびくしていて何か企んでいるような‥
実はポチ君、しょうがなく飼った猫らしい。この家の上の方に犬たちを遊ばせるフィールドがあって、そこに迷い込んだ猫がポチ君だ。犬でないからと犬人間達によって何度も山に捨てられたのだが、賢いのかしつこいのかなぜか猫嫌い人間達のいる犬フィールドに戻ってくる。たぶんどこにいっても捨てられたのだろう。この犬フィールドには青空の下にストーブがあって暖かい。だから最後にはここに辿り着く。呆れ返った犬人間達がわじん選手に頼みに来たわけだ。犬というところの出だからってポチ君という名になったわけではない‥それも少しあるけど。まるで犬のようなのだ。体重も今では8キロ、デブというわけではなく筋肉質。つまり犬みたいにでかい。で、臆病、逃げ腰、ゴマスリ。んなもんで嫌われ者になってしまったのかも。その何かを企んでいるっちゅうとこが信頼のないところだよね。そんな小さい脳でたいしたことは企めっこないのにさ‥


1月24日 (火)  [1468] 世界征服

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庭でのんびり日光浴してたら何かが剪定したカエデの枝に引っ掛かってもがいていた。あら!ウルトラマンだ。わじん選手らは風呂屋に行ったし、外で立ち話もなんだから家に入ってもらい、茶でもどうぞ。「いや〜久しぶり。しかし、困ったなぁ〜」とウルトラマン。ウルトラマンはシュッワとかシャア−とかなどの音しか発しないが、オイラ達の言葉もニャ−音が主体で似ているから言ってることは事細かに理解できる。それにうちら同じような他所の星から来た天上界に近い存在だし。「して、何が困ったんだい?」「この星の連中、人間だよ。助けようか?最近助けてもしょうがないようなそんな気がするんだよ」「ふむふむ、わかるわ〜」と、頷きながらストーブに火をつけてもらう。何せ猫の手は丸ッこいからね。「悪いやつ退治しようとしたら、ほとんどの人間いなくなってしまうんだよ?どいつもこいつも世界征服狙っているような輩ばっかり。怪獣より質悪い。政治好きは権力で戦争人殺しを平気でやって世界征服だし。経済好きは金ガンガン儲けてなんでも手に入れたがり貧富の差を激しくし飢餓や自然破壊で世界征服だし。どっちもハートがない。宗教好きはちょいと頭とっちらかり過ぎて自分の宗派以外は悪魔に仕立て政治家もどきになっている。狂信的っていうか。それらよりはちょいとまともな芸術方面も達成や名声重視でやっぱり世界に知れ渡らせたくって躍起になっている。これは戦争しないからいいけど内面は世界征服みたいなもんだ。その他も大なり小なり権力や金の虜だから世界征服の卵みたいなもんだ」「そりャア、悩むわな」「世界征服なんて事をなんで思うのか?を考えてみたんだ。人間は強気に振る舞っているから内心は孤独。弱い犬ほどよく吠えるっていうし。寂しいから世界と一体化したい。これが子供じみた世界征服という思いになる。ネットの中でもペラペラ喋るのがはやってる。これもそう。一体化したいとすればするほどますます孤独になっていることに気付かない。愛も金と力と理屈になってしまって本当の愛がわからない。喋り過ぎの考え過ぎのやり過ぎでどんどん願いは遠ざかる。ほんと困ったものだよ‥」「ウルちゃん、三分過ぎたよ」「ハッ!」


1月23日 (月)  [1467] 示現

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つらら君がやってきた。寒い朝早くに車も入れない山奥に出かけ、噴霧器でつららを作っている変わり者だ。今日はわじん選手が持っている杉本博司氏の作品集を見に来た。つらら君、この間六本木のバベルの塔にこの作家さんの展覧会を見に出かけたのだ。わじん選手はその昔アメリカに戦いを挑みニューヨークで展覧会したが、人種問題もあったのだろうか、日本人アーティストとしての誇りを見失い絶望していた。そのままジャマイカでジャンキーに落ち、人としてどん底。ニューヨークに戻り、まったく偶然に入ったギャラリーで杉本氏の作品を見かけた。大感動ショックで、それで、日本に帰る決心をしたらしい。「これ、始めてみた時は、すごかったよ。オオオォォ!と画廊で大声だしたいぐらいの感動だった。もしかして初めてのアートショックではないだろうか?ちょっと大袈裟かな。いったい誰だ、この作家は?とギャラリーに尋ねたら、なんと!杉本博司、日本人ではないか。この作品は個人も人種も国境も超えていた。時空間とんでいっちゃった。この快感は示現だね。なんやかんや言ったって、このショックが大切かな。で、自分の中からこの時に似た衝撃が走ったのは、それから6年後、猫神様作った時。あの作品だけど‥」壁にかかった猫神様の写真を指差しながら。「儂の場合は杉本さんのような美術という知的ゲームの舞台ではなく、どういったわけか知らないが運良く頭から降りてきてハート辺りからニャンニャン界へ噴出しちゃったみたい」頭パープ−だからね。「知らない世界だったから、え?これが儂の舞台かよ?と最初は面喰らったが、まあ、こういうもんは仕方ないもんでlet it beなるがままっすよ。生命形態作家なんていかがわしいわけわかんない肩書き名乗っちゃってね。生死、愛っていうかさ。性に合っていたんだろうね。猫神様生まれ出た時は、裏の丘が花畑に変わり枯れ木に花が咲き、儂が歩いている道の後ろに花が咲いて、鳥が飛び交いチュンチュン、香しい香りが漂い、馬も鹿もやってきて踊り、歌を歌い、何もかもが光り輝き、サンサン、ハッピーハッピーランランラン‥」「変なキノコでも食ってたんじゃないっすか?」人間はこうやって夢物語や自慢話で時間を潰す。


1月22日 (日)  [1466] 足

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山は昨日降り積もった雪でとってもきれい。ヌシらは雪掻き。世間も雪掻き。
ところで、ヌシは今年に入ってから毎週死んでいる。毎週生まれ変わっているというか、同じ悪行の輪廻の中を彷徨っていると言った方が当たっているな。初めの週は庭木の剪定で死んで、次の週が食あたり、そしてこの前の人間ドック。それらは全て仕事以外の事だから仕事は順調なんだろうが仕事以外の時は慎重に、って事だね。「外出るとやけに歩いているおあばさんが多いな。こりゃ、皆人間ドック入ってあの老医者に歩け!って言われたんだろうな。ありゃあ口癖だな。歩け歩け運動推進委員会の会長でもしているんだろうか?皆乗せられて歩いてんだな。医者が言わなきゃ、なかなか歩かんからね、人々は。ワシャ、乗せられんぞ−」なに言ってんだ、ヌシわじん!運動不足なんだから歩け!現代文明人の悩みはいろいろあるしいろんな解決方法も提出されているだろうが、悩みの原因の原因は歩くことを止めようとしていることにある。脳みそのてっぺんは足の神経らしいから、歩くことで頭のてっぺんから活性化する。一番下は口なんだな。言葉だよね。足怠って言葉覚えて頭よくなろうとしてもてっぺんはスカスカ、デコだけが大きくなる。デコは前には進むが天には行かない。だから全体が見えない。地面離れちゃって地に足がついてない、浮き足立っちゃっている。これじゃァ、すぐにも倒れてしまう。なぜか人は天に向かい全てを見たいから都会ではデコ使って一生懸命バベルの塔を建てている。けど倒れそうだ。そんな不安抱えて生きてるものだから不幸だ。歩けば脳のてっぺんが働き地と天が繋がる。天に向かえば俯瞰して世界全体が見えるというもの。わざわざバベルの塔を建てることもないわけだ。天地創造に金も力も企てもいらん、歩けばあっという間さ。やっぱ、歩け、わじん!老先生の仰ることはもっともだぞ。人間共よ、口に頼らなくなるまで歩けや!サカリの猫をうるさいと嫌がるけど、君たちはいつもサカリついているようにうるさいんだぞ。ほんま、しゃべるな!


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