3月31日 (木) [3349] 公美堂101
とりあえず三人でまだ生きていることに乾杯したあと、僕が芹沢くんにさっきの50人の話しをもう一度してくれと促した。芹沢くんが話しをするなんていうのは珍しいことで、元来彼は口数少なく、口重く、無口、寡黙、ダンマリだ。ただの無口というより大きな闇を抱えているようなタイプで、前にも言ったが情報を吸収するだけのブラックホールなのだ。暫くして芹沢くんの大きな闇から少しずつだが反物質が放出された。「頭の中の50人は皆それぞれ正しいような事を言っている」と酒を煽りながら、右手で頭のてっぺんの髪の毛をむしっては床に捨てた。「しかし、これだ! という自分をどこまでも引っ張ってゆくような強い一つがないんだ」と芹沢くんはゆっくり語った。
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3月30日 (水) [3348] 地震 造形
やっとガソリンも手に入り車が使えるので、造形屋さんとこに行く。車で1時間半。今度の個展用の大作を型取りそしてFRPにしてもらうためだ。地震で車が使えなかったので大作造りは半分諦めていた。これで少しの遅れだけで無事順調にいくだろう。震災吹っ飛ばして張り切らないと。写真は造形屋さんとこの手足伸ばして休むパグです。フガフガ言っている。
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3月29日 (火) [3347] 公美堂100
10分程歩いていつもの居酒屋『金太』に着いた。汚い暖簾の店で扉はいつものように外され中も外もないオープンな居酒屋だった。まだ早い時間なのでお客は一人だけ隅のテーブルにいた。そのお客、朝倉さんは僕らと同じように公美堂に来るお客で絵よりも映像を中心に作品作りをしていた。とりあえず映画監督を目指している。一応これまで自主映画を数本撮って知る人ぞ知る有望な若手映画監督だった。しかしまだまだ好きな映画を撮って食ってゆくには程遠く小遣い稼ぎのためにポルノビデオやミュージシャンのプローモーションビデオなどを作っていた。
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3月28日 (月) [3346] 地震 窯
昨日ここに引っ越して初めての本焼きをやった。4月末から連休中行なわれる東京での個展に出す作品だ。ちょっとバランスの悪い作品があって揺れたらまずい。倒れたら元も子もない。この余震の続く中だし、祈るしかなかった。うまいこと大きな余震もなく、無事倒れずに焼けた。写真は窯ではなく亀。なぜか猫チグラが好きな亀吉です。
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3月27日 (日) [3345] 公美堂99
社会人でない芹沢くんは呑み屋に行く道すがら始終頭の毛をむしっていた。もう陽は沈みかけていて、空がオレンジからブルーのグラデーションに染まり、真上には深いブルーが広がっていた。芹沢くんのブルーファッションが天空からこぼれ落ちた天使のようだった。このぐらいの時間帯が何もかもを色鮮やかに見せ、空気は澄み切っていて心地良い。夕方の色合いの波長が人に安らぎを与えると言う。同時に夜の闇の欲望が月の明かりに目を覚ます。寝むたいが寝てみたいになる時間だ。街はそんな複雑な色の空気で賑わい始める。途中可愛い女の子が向こうからやってきた。芹沢くんは女の子に挨拶をしてまた毛を掻きむしった。「知っている子かい?」と聞いたら「いや」と答えた。
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