3月1日 (木) [1867] 吉日42
FINE 前に自分というのはどこからどこまでをいうのだろうを考えてみた。自分とはその身そのままでは生きられない。食べ物や水や空気がなければ生きられないとすれば食べ物も水も空気も自分の一部という考えができる。そうやって自分というのを考えていくと拡大して家族や社会になった自分がいる。それとは違った視点で、あの野菜もあそこの水も遠くの空気も自分だというふうに見れば、いろんなものの中に細かく散らばっている自分というものが出てくる。もっともっと拡大及び縮小してゆくと、自分=宇宙∞、または自分=小さすぎて無ゼロというものに近づく。ならば今の時点で自分と思い込んでる自分などささやかなものではないだろうか?幻、無いに等しい。そこまで完全に認識したらもはや人間は誰も宇宙旅行をする必要がなくなるかも?宇宙そのものが自分なのだから。逆に究極のそこまで認識したいから宇宙に行くのかもしれない。
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