3月21日 (月) [1160] 花粉症
Very fine なのに‥。ど〜れ、花粉症、治してやろうか。なんか、みんなつらそうだもんな。 軟弱なワシは子供の頃、家の職業が繭を売買するものだったので、家中絹糸の繊維が舞っていた。その絹糸でいつもむせって鼻水どろどろ呼吸困難、目がかゆい。一年に4回ぐらい忙しい時期があって、その時が超ひどかった。それと、桃に触れなかった。あの桃の肌のけばけばが舞うんだろうね。だから、年がら年中、花粉症みたいになって悩まされていた。家族からは、ひどいもので、そんな弱いやつはうちの子供じゃない、なんて言われ相手にしてくれなかった。ひどい親だったな。あの親父だもん、あり得る。暗く淀んだ毎日だった。ある時、弱いって言われていたから、強いってなんだろう?という心の旅に出た。身体を鍛えるという手があったから、多少やったが、最強ではない、かえって弱かった。好き勝手やるってのが出てきたから、それもやったが、これも最強ではない、不自由だった。次に頭が良くなるというのが出てきたから、それもやったが、頭のいいやつはたいていバカだった。小学校の図書館から本を借りて読んでみた。一番強い人は誰だろうと。何十冊もある偉人の伝記物を全部読んだ。すごい人を発見してしまった。お釈迦さんだった。子供ながらに、この人は強いと感じ、ライバルとして申し分ないと思った、ガハハ‥。瞑想修行の日々が始まった。あとは、いつの間にか鼻水ダラダラは消えていた。その日からそんな些細な事は気にしなくなったというか、晴々として、そんな事があった事さえ忘れてしまったのだ。他人事のようになってしまった。前世そうだったナ、アハハハ‥みたいに。淀んだ風景は失せ、すがすがしい日々になっていた。笑い、踊り、楽しくしゃべった。庭をかける子犬のように、歓喜です。ハッピー、ハッピー、ランランラン、踊りましょ。自分をこうだと決めつけていた邪風を消し去ろう。閉じこもった邪風によって、内外の気の交流が遮断されているのだ。気を大気にあわせ、正風になって花粉を眼下に変化流動し舞うのだ‥
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3月20日 (日) [1159] 分裂
Cloudy 寒いナ、今日は。頭にこびりついてるものがあって、仕事に手がつかない。まったく、困ったもんだ。ワシの場合、抱えている問題をすべて解決してまっさらになって粘土を持たないと、純粋にいいものが出来ない。 ワシの痴人が昔こんな事を言っていた。「頭の中に人が30人いてアーだコーだといろんな意見がでてまとまりつかなくて大変だ」って。そうか、そりゃァ大変だ。銭湯にでもいってさっぱりしよう。と一緒に風呂入りイイ汗かいた。風呂で聞いてみた。その30人の中には今を生きるってことにまじなやつはいるのかい?って。あ!それはいない。って事で、痴人しばらくは楽になったようだったが、今度は人が31人に増えて大変になった、と。では今度は、面倒だが、ひとりひとりの性格や言っている事を出して、それがほんとうの事を言っているかどうか確かめてみよう。という事でやっていったら、嘘っぽいのは消えてゆき、最後にメイン二人が残ったらしい。そのひとりは今を生きる事にまじなやつ、もうひとりは野心家だった。その後、どうなったか知らん。 で、ワシの頭の中だが、同じようにひとりずつ嘘っぽいのは削除する事に。って事で、決まったのが、猫町の個展だが2Fは止める事に。2Fのアイデアある事はあったのだが、そんなに面白くない。無理してやろうとしてたからね。と、2F止めたと決めた瞬間、2Fのいいアイデアが浮かんだ。こういうものなんだね。でも、2Fはしない。余裕で1Fに集中するのだ。1Fもほんとのところ嘘っぽいのだが、これは生きるにまじなやつさ‥ ところで、もしかして、その後、痴人もいいアイデアが浮かんだのだろうか?
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3月19日 (土) [1158] 酒
Very fine 天気がイイので、個展に出す絵画用の板をカットする。次いでだから、台所に取り付ける棚の板もカットする。久しぶりに、庭で大工仕事。天気もいいし、なかなか楽しいのだが‥。こんなに疲れるものだっけ?夕方粘土いじりにはいろうとしたが、もう、生あくびばっかり出てダメ。止め止め、風呂でもいこう。ダァ−っと入って横になり、裸で夕方の青空を見る。いい色だ。実にすばらしいブルーだ。徐々に濃いブルーになってゆく。いいっす。風呂上がりに初めてのメシ屋に入る。お洒落な料理。久しぶりに、酒を飲んでみた。酒を止めてずいぶんなるが、晩酌程度のちょいとはやっていたから、もうちょいと一杯ぐらいならいいだろうとやってみた。アララ、ダメみたい。うまいことはうまいのだが、それほどでもない。夜寝る時、頭が痛い。いつの間にか酒を受け付けない身体になってしまったみたい。体質改善成功したみたいだけど、あんまし感動はない。でも、秘かに、新たな世界がきてる予感がするわ‥
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3月18日 (金) [1157] 生猫
Really fine 個展用の作品作りも、多少乗ってきた。 『ちっちゃ〜い』というテーマでやるつもりなので、ちんまいのばっか作ってるのだが、これが、また面倒。でかい作品より大変だわ。目がしばしばするし、近い近い近い、細部細部細部、どんどんミクロの世界に入っていっちゃって、現実を見失う。世間を見失う。気を失ってるのではなかろうか?それでか?遺伝子の話しなんか頭に浮かぶのは‥。時々、我にかえる。生まれたての赤子のように大声出してハッと目を覚ます。深海から海面に浮上したように息を吐き、生き返る。お〜助かった‥ 初め、猫神様系を作っていたのだが、いつの間にか普通の猫の形になっている。これは、普通の生猫の仕種のまま、小さいというところに感動があるからだろう。ワシ、何年と猫作っているが、マジな普通の猫などほとんど作ったことがない。たいてい、猫の顔した身体が人間もどきのような変なもの。猫でもなく人間でもない。マジな猫など作れるものでないと思っていたが、不思議なもので、けっこういけてる。日頃の粘土いじりのおかげだろうね。しかし、みんな小さいものばかりなので、いつもの個展のようにバーっと広く大袈裟なインスタレーション風には出来ないのが、やや心細い。まあ、タイトルがちっちゃいわけだから、こじんまりといくべ‥
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3月17日 (木) [1156] 遺伝子説
Cloudy, rain later おみくじ文の推敲やってて、肩書きが生命形態作家なんてしたものだから、命とか幸せとかいうものをじっくり考えてみた。 西洋科学が、最近こんなに絶対的な信用を獲得したのは、遺伝子説を掲げたからではなかろうか?DNA鑑定とかあって、食べ物の遺伝子組み換えなどもやっちゃって、もう西洋科学は自然界を牛耳ったみたいになっている。 ところがどっこい、この遺伝子説だけど怪しいものなのだ。遺伝子の二重螺旋構造や四つの塩基ってのは分子の世界のことだから顕微鏡では見えない。あくまでそうであれば都合がいいという説なのだ。確かにそれらしいものがあることはあるらしいけどね‥ どういう実験をやって、この説を出したかというと、大腸菌やウィルスから。近所のダニならまだしも、大腸菌=バクテリアとかウィルスだよ。確かに動くから生物とは言えなくもないが、あれらとわてらを同じものと見て説を出すのはどっか間違いを犯しかねないのでは?ちょいと無謀ではないか?なぜなら、わてらの体内で口から肛門の食べ物が通るところは外なわけでそこにはバクテリアもウィルスもいることあるけど、外以外の内部にはバクテリアやウイルスは存在してない。つまり、生物が生きているということは、バクテリアやウィルスが存在できない場があるということではなかろうか?そんな意見もありで、一部の真剣に生命を考察している東西の科学者の間では、ちょいと今の科学はうぬぼれ過ぎではないか、となっている。今の技術と産業に取り入れられて経済効果があるものだからマスコミも煽って発展はしてるけども、はしょり過ぎ。経済効果だけ狙っちゃうと、あとで歪みがでてきて、大変なことになるよ‥ 花粉症にしたって、こうこうこうだから花粉症になる、なんて説があるけど、これも、そのようであれば都合がいいというもの。基本があやふやなわけだから、その説にしたって信憑性は薄いわけさ。問題は、そういう不確かな説を信じ込んでしまう安楽さ。だから花粉症は治らない。ワシ、花粉症になってないから、堂々と言えちゃうもんね〜、「花粉症 気軽に信じた 気の病い」 ‥人間の考えた説に絶対なんてない、ってこと。
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