6月20日 (金) [566] まったり
夜中暑苦しくって窓を開けたが、それでもボーボーするから扇風機を出した。 それが、首を振るたびカタカタと音がするので音のしない高さ向きを決めたりしてて、、目が覚めちゃったじゃないかー‥また寝たけど。 今日はとっても天気がいい‥梅雨は終わったのかな? 水風呂用湯用のすのこに防腐塗料をぬったり大工仕事をする。 ついでにイゴこっちのトイレ用に階段を一段すのこで作ってあげる‥トイレの高さ12cmなのだが、時々昇れなくなってピーピー泣いているからだ。 ところで、イゴこっち、鳥のような鳴き声をする。 エサ食いながらもピーパクピーパクパクと泣くから笑える。 玄関に待望の網戸を取り付ける。 玄関は北側にありそのまま坂下って湖があるのだが、坂が急なので他の家々が邪魔することなく心地よい風が来る。 せっかく風が入るのに網戸がないものだから虫が入って戸を開けてられなかった。 やっと念願の網戸取り付けたものだから、ここも居心地のいい所となった。 時々玄関を通るたびに網戸を通して外の風景を眺める。 クリの木が1本見えてあとは湖の向こうの山までぶっ通しだ。 この風はあの山からやってくると思うとほんとに心地よい。 ちょうど玄関先の石タイルにチャイが心地良さそうに、ずう〜ッと寝てる。 夕方になっても寝ている、いつだって寝ている。 いいのかなぁ〜‥ふとチャイが人間だったら‥ほんとにあんなんで人生いいのだろうか?別にだれにも迷惑かけてないし、うっとうしいとも思われてないから良いような気もするけど、なんかこう生きてる充実感とか汗水流す張り合いとかなくていいのだろうか?‥とか感じてしまう、人間だったらね。 また玄関通ったので見てみたら、チャイが赤いちんちん立ててた。 まったく、オマエ、そんなんでいいのか!! 夜はこの陽気なものだから庭で旅人から貰ったインド音楽を流しながらローソク灯しワイン飲みメシ食った。 このローソクの炎はまったりぬめ〜っとしていてず−ッと見てると頭も身体も融けてゆく、またこのインド音楽も輪をかけてまったりだもんな。 ア〜ここちいい‥チャイに、何か言えたもんでないかもね。
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6月19日 (木) [565] 第八感
陽が射していて心地よい朝です。 庭に出てやり残していた畑の冊作りをやる。 やっと完成し作物を植える。 しっかり汗をかいたし、今日はかなり暑いので水風呂が気持ちいい。 ところで、ブヨに刺された腕だが腫れが引くのがいつもより早い。 治りかけなんでとても痒いのだが、水風呂入るとすーっとする。 最近感じるのだが、ワシの身体、傷の治りが早くなったような、膝も首ももうなんともないし‥このところの適度な外での労働、プチ断食、水風呂、スペシャル野菜ジュースなどのおかげかな? それとも単なる気のせいだろうか? 気のせいとは、虫の知らせや霊感や第六感と同じ類いのものでけっこう大切。 ‥人を憎んだり悔しがったりは大抵本人の気の迷いのせいだけどね。 そういや、一昨年のワシの個展は『ザ・セブン・センス』いわゆる第七感というタイトルだった。 そん時の言:『夢の中で「作品のイメージはどこからくるのか?」という質問に、自分は「七か八あたりかな」と答えていた。うしろの方からはやさしい美しいメロディーが流れていた。目を覚まし、そうか!と思った。五官があり、それ以外に第六感という物事の本質を直感的に感じる感覚がある。霊感やハッとしたことで気付く感覚だ。その第六感も超えてしまったみたい。なんせ、七か八だもの。そしておもしろいのは七も八も招福で使われやすい数字だということだ。例えばラッキーセブン、八は末広がり。それにしてもよかったのは九や十ではなかったということだ。これでおしまいって感じだもの』 それで、今度7月に展示するわかんざだが『ザ・エイト・センス』でいこうかなと思ったが、何のことか解らないかも知れないので、タイトルが『満腹満福(まんぷくまんぷく)』でサブタイトルが「食い改めなさい!」にしたが、レストランという所なので、食い改めなさい!はペケしちゃった。 ア〜それにしても痒い、ブヨに刺された所の中心がポコッと赤く腫れて中に汁が入ってる感じ、そこを優しくなでなでしてると妙に気持ちいいのだが、だんだんといらついて掻きむしり叫びたくなる‥が、耐える。
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6月18日 (水) [564] ね居士じィ
朝晴れているので、昨日作ったデッキの屋根のテントをはずし乾かす。 そのうち雨がパラパラ降ってきたので、テントに雑巾がけしたたむ。 今日は一日中晴れかなと思っていたが、やっぱり梅雨なのね‥昼からずーっと雨降り。 そういや、昨日のインタビューの時、右腕2ケ所と顎の下1ケ所をブヨに刺されたみたいで、腕の1ケ所はとっても痒くパンパンに腫れている。 これは去年足を刺され見事に腫れてみんなに見せて廻ったことがあった、あれと同じだね。 すぐ毒を吸い取ればある程度はよかったのだろうが、蚊だと思っていたので、こうなるとは思いもよらなかった。 蚊にしてはヤケに痒いなぁとインタビューに答えながら掻いてたもんな、それに蚊取り線香2つもつけてんのに効いてないなぁと気になっていたのだが‥このブヨには蚊取り線香は効かないのだろうか? ア〜痒い、夕方になったら、いたがゆくなってきた。 粘土いじりしてハマってくると痒みも忘れるのだが、粘土いじる時、ちょうど刺された所が時々テーブルにぶつかるので、ハッと痒さでハイからダウンする。 あ〜まったく痒いぞー 昨日のインタビューのキーニーも腕掻いてたけど大丈夫かね。 ところで、キーニーからメールがきた。 「録音テープのBGMに鳥の声が入っていて、 こんなインタビュー初めてだなと思いながらテープ起こしをしていました。 わじんさんにインタビューさせてもらおうと思った理由なんですが、金儲けとか勝ち組企業とかといった話がほとんどの今の雑誌業界のなかで、わじんさんの、体験をもとにしたホントの言葉・警句・アフォリズムを伝えたいと、心のどこかで考えていたんじゃないかと思います。 僕のなかではわじんさんは仙人というか居士というイメージです」 なんか、褒められ慣れしてないので照れるけど気持ちいいから絵日記に載せちゃった。 居士というのは初めて言われたな、面白い言葉だ。 でも、居士というより、いごコヂ探す、いコジな、コジき、ねコジじぃ‥かもね。
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6月17日 (火) [563] 猫仙人
雨降り。 今日はサイゾーという雑誌のインタビューがあるんでカメラマン含め二人客が来る。 久々に初めての人が来るから庭で陽でも浴びながらインタビュー答えたかったけど、今は梅雨の季節。 しかし家の中ではつまらん、しょうがない、デッキの上に屋根をつけることに。 これはこの間の雨の中の花見の時にやったから、簡単。 どうせここまでするならバーベQをしちゃおうと簡易バーベQセットを準備する‥なかなかいいじゃん。 インタビューアーは昔住んでた世田谷の公園で花見してた時出会ったキーニーという27歳の若者。 昼ちょい過ぎからバーベQインタビューは始まった。 なんか、いっぱい喋ったな〜 こうやって喋っていると自分がやや明確に見えてきたりするからおもしろい。 ‥そうか、ワシってこんなこと考えていたんだ、とか、こういう性質なのか、こうだからそうなんだ、なるほどね、ふむふむ、アー今いい事言ってる、はっは〜そうだったのか〜などと他の人の声を聞いているように感心したり反省したりしてる‥ …真理が目の前にあると気付いた時、人は自分のほんとうの姿を垣間見る。 そこで自分を知るか、もしくは意地を張って見ることを避けるか。 ちゃんと見なければ問題は解決しない。 問題とは人の頭を2つに分裂する‥あれとこれ、これとそれ、あるとない、やるとやらない、いいとわるい、ただしいとちがう‥ 分けられた2つは争う‥心の分裂は社会の分裂でもあり、それが戦争となる。 また心の分裂は地獄の種であり、この種は知識を栄養にしてほんとうの地獄へと育つ。 答えとは、分裂した自分に都合のいい片方が正しいと決定することではなく、分裂した2つを元のひとつにすることである。 これを創造という。 それは、今、自分が正しいと思っていることが決して生きている真実ではないということに気付くことから始まる… 夕方7時まで雨は降ったり止んだりだが、ワシはずう〜っとどこからか降ってくる仙人の声を浴びていた。
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6月16日 (月) [562] 一喜一憂
竹切っちゃたんでスカスカ、のちのち竹が伸びるとはいえ何か色がない。 そこで南の塀の下で陽も当たらずなかなか花も咲かすことが出来なかったツツジを移植した。 けっこういい感じになった。 ところで、3月初め頃『いごこち』の本を出版しようとしてダメになったこと絵日記に書いたその日、絵日記読んだ人からFAXが届いた。 新聞の広告で本の出版賞が当たるという応募要項だった。 オオ!なんかの縁かな?応募してみたら、忘れた頃に一次通過、オオ!後々またまた二次通過の連絡が来たので喜んでいた。 今日、最終審査の通知が来た。 ジャジャジャジャ〜ン、恐る恐る開けてみたら‥なんだよぉ〜大賞じゃないのかよ。 えっ?2等でも3等でもないの? エ〜なんだよぉ、何の賞も取ってないじゃん。 あ〜あ、いい添え木かな?と思っていたのに‥ 一次二次と喜ばしておいて最後にドンと落とすとは‥いや〜ますますしだれる〜 まあ、今まで賞に縁があったわけでもないし賞を取るようなタイプでもない。 どちらかといえば反対で、昔、友だちと組んで『笑える写真コンテスト』なる企画を考え、雑誌などに応募要項だして応募料貰って一儲けしようとしたことあった‥儲からなかったけどね。 まあ、世の中の他人の考えた案で喜んだり沈んだりしてちゃダメだよね。 この応募5000人が応募して一人大賞あと数人が何かなるけど、喜ぶのは才能あって運がいいほんの数人ってわけ。 …真の喜びとは才能などに関係なくだれでも分け隔てないもの。 『いごこち』知ることこそ真の喜び。 いごこちは猫が知っている、人はただ猫を観てればよい。 『いごこち』にまさる喜びはなく、さまたげるほどの苦もない。 『いごこち』が福であると気付くものが少ないのは『いごこち』があまりにも大き過ぎるくらい大きいからである… よし、子猫の名前は『いごこっち』に決定だ。
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