1月19日 (金)  [1826] 吉日4

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 FINE
こんなことを本来考えなくてもいいのだが、自分の内部には何人もの大衆観客がいる。それは誰の中にもいる。『自分』という文字自体が自らを分けたものと書く。アーティストの自分以外に利口な自分、アホな自分、強気な自分、弱い自分、血も涙もない自分、涙もろい自分、犯罪者、正義の味方、なんでもない自分などなど。内部のそれらは外部にいる全ての人々とも対応する。内部の大衆が様々な方面からちくりちくりとリーダーシップの自分を責めてくる。大抵、この者共は言葉で説得できる。ところが三人だけ説得できないやつがいるのだ。二人は天才とバカだ。この二人には言葉が通じない。何人の中の二種類だから無視してもいいのだが、天才とバカというのはかなり大事みたいだ。これを無視するということは世界ひいては宇宙のほとんどを知らないことに等しい。だって言葉で説得できる世界など宇宙のほんの僅かだからだ。このままでは自分の世界を非常に狭くすることになる。もともと生まれ立ての頃は自由広大無辺であった。その後多少垢がついて曇ってはいるが、その雲の向こうにはいつだって太陽がある。自由広大無辺が本来の姿であって楽しいのだから狭くしては何もならない。