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1月18日 (木) [1825] 吉日3 FINE 天気よし、暖かい。散歩する。前は散歩している時間が惜しいと感じていたが、一人暮しをしてみて、一人でいると時間さえあれば粘土いじりに庭いじりになんやかんやと仕事に精出して疲れてしまう。時々中休みのつもりでの散歩が実にいいと気付いたのだ。 ところで昨日の続き。身口意(しんくい)という言葉がある。これは身=身体、口=言葉、意=心のことだ。これが一体化してないと物事をやっていてもバラバラだ。空しいだけだ。三位一体とかも本質は同じことだろう。バラバラということはSEXでいうなら愛がない。身体だけ、口だけ、心の慰みだけみたいなものだろう。身口意バラバラ。これでは本当の満足でも至福でもない。粘土いじる時でも右手・左手・目がバラバラでは何も生まない。せっかく招き猫を作っているんだから幸せでないとね。作っている本人がバラバラでは福など招くはずもないだろう。ちょっとだけ楽しい玩具、迷信、唯の縁起物、どうでもいい物、気休め、生活の手段、アートだから、過去の栄光、仕事だから‥みたいなただ時代に流されているだけになってしまう。そんな精神で真面目にやってもやればやるほどますますバラバラになり自分のやっていることが無意味になり地に足がつかなくなる。これでは空しい‥ |