1月10日 (水)  [1817] 運命

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 FINE
人と暮らすというのは、一人で暮らしている他に他人がいるというわけではない。一日の家庭の中の作業を分担しているだけと思っていたが、そうではないようだ。家庭とは誰かとシェアーしている感覚とは違う。人と暮らすとは、うまいリズムを作り上げればコーヒーを飲みたいと思った時にコーヒーが出る。風呂に入りたい時に風呂は沸く。腹減った時に飯になる。お互いに有効な時間を過ごせる。仕事の効率もいい。1+1は2どころか3か4にはなる。ところが一人で居るということはコーヒーをたてる時間や風呂を湧かす時間、飯を作る時間という時間が必要になる。これは余裕がないように思える。効率も悪い。しかし、この一人で居るということには別の美しさがある。一人でいるとテレビを見る気がしない、ラジオなども聞く気がしない。もちろん話はしない。見ざる聞かざる言わざるになる。静寂だ。完全に世間から離れられる。というより世間を否定できる。1が0にも∞にもなるわけだ。これは大切なことだ。ここ半年、谷中のお店に顔を出してきた。ばあちゃんという他人を通してずいぶん世間を眺めた。ばあちゃんもお店もなんとなくだがいいリズムになってきた。そろそろ精神を1に山に戻そう。いつものように個展や注文の作品も手掛けなければならないし、その他に自分の運命的仕事、0もしくは∞をせねばなるまい‥