5月22日 (日)  [1222] 愛の源泉

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 Cloudy,rain later
なんか弥勒って魅力的。今日も、弥勒を粘土いじりする。
我々って、神や仏、宗教に頼る。宗教でなければ政治、偉い人の考えや強い人や大きなもの、とにかく頼る。人を信じられなくなり、経済、お金に頼る。金さえありゃぁ、なんでもできる。その為の知識を欲する。知識に頼る。これらに共通なのはすべて我欲を満たす為の賢しらな考えに頼っているということだ。この大切な自分というものをそんなみみっちぃ考えに頼っていることになる。よく眺めていけば、その頼られる考えも頼ろうとしているこっちの考えも確実ではないことがわかる。その証拠に、確実でないからさまざまな考えの嘘がはびこるわけだ。人はまったくあやふやな頼りがいのないものに頼ってしまっている。これらのみみっちぃ考えというものは不安が夢見る幻。幻に頼るなんて事は幽霊に捕われているようなものだ。雨月物語だね。ブリューゲルの絵にあるような盲人が盲人に道案内してもらうようなものだね。
そこで、弥勒だが、よくよくこの仏像の表情を観てみる。彼は他の仏像のように私に頼れという表情をしているわけでない。そんな偉ぶってはいない。頼られること頼ること、これらの幻に終止符を打った無心の表情だ。彼は唯一幻から脱却した者なのだ。きれいだ。とっても静かな川の畔に腰をおろして眺めているようなものだろう。でも、彼は世の中から逃避して頑固に団子結びのようなあぐらの座禅をしているわけではない。すぐにも立ち上がれるポーズだし、苦しい人がいたら手を差し伸べることだってできる。いつだってやさしいんだな。愛の源泉だね。彼は僕らに人間の本来あるべき姿を示しているのではないだろうか?彼は確実に僕らの中にいますよ。幻に頼らず、彼を育ててみませんか?‥