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5月21日 (土) [1221] 弥勒 Fine イイ天気です。いつも通りのお札の書をする。が、いつも通りでない書が生まれた。このちょっとした変化が前進・前向きってやつなんだろうね。これは、草木が毎日伸びるようなもので、別に意識的に前に進まねばというものではない。ま、自然にそうなるものだ。身体だって意識的にここまで成長したわけではないからね。この自然体を無視して意識的に新しい書を書かねば、ア〜書かねばなどと考えてしまうと、いつも通りどころか、いつも以下になってしまったりする。当り前に考えて昨日よりは今日が進んでいるわけだから、いつも以下ということは、どこかに歪みができたことになる。こういう心の歪みというものが宜しくないわけです。心身の病いの元ですな。この場合、書かねばと考えてしまったところに原因があるわけで、考えないで書きゃぁいいわけだ。書くことが醜いことでないし、精神的にはかなり美しい行為なのだから。考えて、出るような書は、別に驚きも感動もないだろう。感動とは考えも思いもよらないものなわけだからね‥ コブシとザクロがあまりに旺盛で下のツツジや芝生に陽が当らない。剪定をしたら、もう、眠くて眠くて、オレは、オレは、ア〜身体がボーボーする。オレは、オレは、どこにいる。オレは、オレは、間違っちゃいない。そうだろう?‥歪んだ心は、いつだって自分が正しいと言い張るものだ。 オレは、オレは‥、寝ようっと‥ 寝たせいでやることが遅れてしまったが、感動の弥勒猫ができた。ところで、弥勒菩薩という仏像の表情は、考えているのではなく、考えに終止符を打った表情ではないだろうか? |