11月17日 (月)  [706] 一歩後ろ

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天気めちゃんこよし。
朝早く、ファーザーから電話あり、どうだ調子は、世界的になったか?毎日祈ってるぞー、だって。
アハハハ‥笑ってしまった。
作品はかなり世界的なんだけど、まだまだ気付く人が少ないだけ。
気付いたとしても猫だし神様だしで、みんな触らぬ神に猫に祟りなしとなって知らんぷりなのかもよ。
だから軽くあしらわれない、徐々にのんびり広がるだけ。
こんな作品2つとない珍しい摩訶不思議なもの、黙っていてもいつかは浸透してゆく。
そのつもりでそうなるだろうとやや確信して始めたことだから、焦ることはない。
いちいち、どこかの名立たる市場に媚びて実業家のように出世を企んで焦って売名しても、それは商売、いつかはつまらないなんでもないものになり下がる。
『祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす おごれる人も久しからず ただ春の世の夢のごとし たけき者も遂には滅びぬ 偏に風の前の塵に同じ』:平家物語:
昔、沖縄で泊まった民宿のふすまにでかでかと墨で書いてあり、読んでて気が晴れるような感じがした。
くだらん社会があおっている名声欲にのせられ、他人と比べ、我こそ幸福になろうとするんだろうが、それでは却ってほんとうのところ、今の幸せを逃しているのではないだろうか?
なんでもそうだが、居心地や自由などが中心にあって、世界に出る、有名になる、出世する、などは只の周辺の妄想で、そう重要でない。
そんな二次的なものを重要視すると、どこに行っても何しても心地よいとか自由というのを感じなくなり、それを追うだけの人生になってしまう。
例え、栄えたとしても、ほんとうの幸せではない。
なぜなら、栄えなければ幸せでないとなれば、その幸せは不自由だからだ。
たけき者も遂には滅びぬ、なわけだしね。
真の幸福というのは、先先と追わず、思っている一歩後ろに留まるとこにある。
招き猫が幸せを呼ぶというのは‥あの手を挙げたポーズ、一歩後ろにおいでなさいと誘っているように見えませんか?