9月3日 (火)  [303] 福寿司

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9月3日晴れ
昨日いじった作品の底から土かき棒で粘土をかきむしっていると魚をさばいている職人になったように感じる。
上半身裸で頭には白いタオルを巻いている、小さいうき猫なんかは寿司握るように手早く、へイ毎度、とできあがる。
小さい頃、初めて寿司食った時、これはうまい、将来は寿司屋になろうと思った。
その後いろんなものを食ったり見たりで、将来の希望がいろいろ変化を遂げたが、どれもこれも混じっちゃって、こんな仕事をしているようだ。
考えようでは、寿司職人になりたいという念願は少々かなったのかもしれない。
今日も裸でしっかり粘土いじりしないと、いっぱいある月末の来る福の会場を満たせない。
さすがの福寿司職人も焦ってしまう。
ところが、親父から不景気だ〜年だ〜と嘆く電話があった。
情けない、世間につられて、景気悪い顔してたら来る客だってきませんよ。
何を売っているんですか?福ですよ、福、招き猫ですよ、福を招くといわれる招き猫寿司ですよ。
世間などという小さい世界に流されてどうするんじゃ。
世間は宇宙のごくほんの一部です。
ところが、『福』は宇宙とイコールなのだ。
それを心掛けて店をやらんと、ただの置き物じゃないかー。
しっかりせい!
福を売るような店は、地元の人たちがいつでも立ち寄れる、茶でも飲めてのんびり心休まる、世間の波風など気にしない店なのじゃ。
「あ〜退屈だなあ、そうだ、招き猫屋でもいこうか」
「あ〜疲れたなあ、そうだ、招き猫屋でもいこうか」
そんな風呂屋のような店なのだ。
ワシがこんなに忙しいのに、暇ついて嘆くな!
まったく人は暇になると不景気だと言う。
暇なのはそういう時期で、休め、頭をからっぽにせいという信号なのだ。
一生懸命、努力、追い越せが当り前になった社会に対する無理するなという優しさなのだ。
昼があるから夜がある。
上があるから下がある。
嘆くんだったら、歩いて歩いてチラシでも配らっしゃいな、ホイ。