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7月17日 (水) [259] 観る 7月17日曇り 家の中にあった火鉢は夏使用しないので、今の間チャワンバスをそれに植え外に出す‥これで元気になるだろう。 水槽を洗おうとしたらゼリー状のタニシの卵発見‥よくよく見るとそこら中の水鉢に卵があるから、タニシというのはオスメス、どうなってんだろう?‥まさかうまい具合につがいで入れたわけはあるまいし‥ 卵を別の小さなガラス鉢に入れ、家の中でどうなるか観ることに育てることに‥この観るということと育てるということは同じことで、子供でも猫でも自分でもちゃんと育てるということはよく観ることである。 ちゃんと観ないと、既成概念という小さい器に相手や自分を閉じ込めてしまう。 たいてい人は、自分の器の中に相手をおさめてしまい安心したくなる。 自分の思考の予想外の事が起こると不安だからだ。 しかし、たかが人間の思考の器など、だれのだってそう大きなものでない。 また可能性満ち満ちているものをその小さな器に分ったように閉じ込めることはできない‥人を閉じ込めるということは自分も閉じ込めてしまっていることでもある。 たとえ相手がどんぶりではなくおちょこでも、自分の器におさめることはできない。 なぜなら、人はそれぞれの見た目の器ではあるけれど、器の中身の空気は空の彼方までつながっているからだ‥これだから、人は平等という。 メダカだろうと鮫だろうと鯨だろうと鳥だろうと大物だろうと小物だろうと子供だろうとなにものも分ったようには捉えられない。 …未知は人の知識の届かぬところにあるから未知というのです… ところでメダカだが、ヒメダカを入れた水鉢には稚魚が10匹も泳いでいて、クロメダカの水鉢には稚魚一匹もいない。 これはヒメダカが生命力強く、クロメダカはやはり絶滅しやすいと言えるが、逆にヒメダカは自分の子を食わず、クロメダカは自分の子を食っていて絶滅の危機を自分であおり、救いを人任せにしている、とも言えるのでは? またヒメダカの稚魚はすばしっこく親に食われず、クロメダカの稚魚はトロい、とも言える。 やはり感情に流されず、既成の器の考えに惑わされずにじっくり観ることである。 解ったと思っている世界観は、たぶんほとんど間違った考えかもしれないからだ。 地動説を唱えたコペルニクス的転回のように‥ ‥と、ここまでうまくまとめたようだが、クロメダカの方に2匹稚魚発見。 なんだやっぱり、人の考えは間違えやすい、って事だね。 |