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2月22日 (金) [139] 真実 2月22日晴れ あったかいなあ〜 気分を改めてスカッとするために朝飯も食わず、家の周りに水まいたり、できかけデッキに雑巾がけやったり、観葉植物を植え変えたり、仕事場かたずけたりと、昼までみっちり汗かいて頭使わず体全体使った。 ン〜〜実に爽快です。 もう身体の隅々までこの季節の環境とフィットしたかもね。 昼からは、新しい大作に向かって油土で原型作りに入った。 バッチシ、作品も順調に進み、今日は文句無し。 隣の親父、この間ぎゃあぎゃあ文句言って以来、悩んでるらしいんで、調子いいついでに楽しいざっくばらんなFAXを送った。 親父どもっていうのは面白くもないうんちくや自慢話を長々と語るからヤーヨあたし。 こちとら働き盛りでいちいちそんな世間話や愛想笑いや友だち作りにつきあってられんのよ。 今度暇ついたら茶でも飲みながらバカ笑い話しで対談してやっから。 ……悩みとは、記憶や思いが本人を縛りいつまでも捕われてしまう事をいいます。 記憶というのは、明確なものでしょうか? 同じ現場にいた人たち、それぞれにその時の真実を聞いても同じ答えは帰ってこないものです。 ましてや、言い争いともなれば自分の都合の言い様にねじ曲げて記憶し思い込んでしまうものです。 どちらの記憶が真実か?ではありません。 誰かの言っている事が真実なわけでもありません。 真実は『記憶というものは曖昧だ』という事なのです。 記憶とは、夢幻と変わりない曖昧模糊なのです。 真実とは誰のものでもありません。 真実は所有出来ません。 真実とは、青空のようなものでみんながそれに包まれているのです。 記憶という雲がとければ、心はすっかり青空になることでしょう…… 絵は、春、晴れた夜、啼き咲く、猫の木です。 |