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12月17日 (月) [76] ひとりサルカニ合戦 12月17日やっぱり晴れ アパートの大家のばあちゃんに「あんまり来れないのに、無理して借りなくてもいいよ。年金もあるし‥」といわれ、引き払おうかと思っていた所だった。 でもこうやって昨日、絵日記にしてみると、とっても美しい所なんだなあ。 できるだけ借りて、なるべく出かけていってきちんとしておこう。 と、しみじみしながら庭でたら、となりの親父が挨拶天気の話以上に声をかけてくる。 面白い話でもないし、シャレもきかない。 「猫は嫌い、あそこの家の人は話にならない‥」 面倒なので避けていたのだが、今日は忿怒顔でカニのようにバタバタとアクション付きで、ぎゃあぎゃあ言っちゃった。 それでもごちゃごちゃ言うので、プイッと無視して仕事に入ったが、粘土の猫の顔が可愛くない。 これではいけないと感じ、粘土いじりをやめ、深呼吸をし、会話ではらちがあかないので手紙を書いた。 内容は「失礼しました。会話は知らぬうちに傷つけたりしますので、お話があればFAXにして下さい。お願いします。」と。 1時間後、FAXがきた。 「嬉しい。1日2日後、話したい内容を書きます。宜しく」と。 まあ一応、スッキリしたから、変ないい作品ができた。 でも、どんなFAXくるのやら‥ 60歳の親父の一人暮らし、ここは田舎でもないが、夢見る都会の親父にとっては田舎暮しなのだろう。 ……街から出ようが、山にこもろうが、心の中が静かになる事はありません。 何かから逃げる事は、何の解決にもなりません。 静寂とは、山の中や人里離れた所ではありません。 黙る事でも、無口の事でもありません。 また逆に、静けさや寂しさから逃げる時、人は人間関係を求めます。 静寂からの逃避は、うっとうしいいら立ちや愚痴を持つ事になります。 静寂から逃げてうっとうしい、人間関係から逃げて寂しい。 これではどうどうめぐりです。 静寂とは、心の中に雲ひとつないすがすがしい青空のことです。 それは、都会であろうが、田舎であろうが、まったく無関係です。 寂しさを知る時、人は豊かさを知るのです。 |